古書店・二手舎様より昨年11月に刊行された「復刻版PROVOKE」の特別巡回展” 二手舎リーディングルーム・フォー・プロヴォーク“。先日開催されたオープニング・トークイベントにて当社プリンティングディレクター高柳昇が登壇させて頂きました。聞き手は二手舎のアマンダ様。プリンティングディレクターの役割からプロヴォーク復刻にまつわる制作秘話まで、深い議論が交わされました。
“プロヴォーク復刻の現場から:プリンティングディレクター高栁昇に聞く”
Amanda Ling-Ning Lo (以下 A): 改めて紹介させて頂きます。東京印書館のプリンティングディレクター高柳昇さんです。私は二手舎のアマンダと申します。今日は印刷から復刻の話まで、色々高柳さんにお聞きしたいと思います。
先程皆さんにドキュメンタリー映像を見て頂きましたが、一冊の本が出来上がるまでにカラーマネジメント、営業の方もいればプリンティングディレクターの方もいて、色々な経験とノウハウが重なって、ようやく最終的に今私たちが手にとっている形に仕上がります。
ここまでの非常に長いプロセスが、先程の映像からもお分かりになったかと思います。
今日のトークは”プリンティングディレクター(PD)”の役割とは何か? という問いからはじめてみたいと思います。PDは、印刷のプロセスにおいてどういう役割を担っているんでしょうか?
高柳昇(以下 T):はい。PDの役割について、ということであればモノクロよりもカラーの印刷の方が分かりやすいと思います。プロヴォークからは少し離れますが、所謂、カラー印刷。そこに私のようなPDがいかに関わって仕事をしているのか。まず昨今、皆様がお使いになるデジタルカメラについて。画像は光の三原色で記録されているというのはお分かりですよね。
印刷はそれに対してCMY(シアン・マゼンタ・イエロー)色の3元色プラスBL(ブラック)で表されています。大変有難いことに、光の3原色と色の3原色で差が出ますので、私は東京印書館で42年間、口先だけで生き残ることができたという訳なんです(笑)
何が違うかというと、演色領域なんですよね。光の3限色、例えば皆さんがハイビションテレビとか4KTVを見たときに、印刷物の色と比べると一般論ですが、ずっと綺麗に見えると思うんです。これは色の地図、専門用語では色度図といいますが、これが狭い。CMYで表される領域、色の地図はすごく狭いんです。
だからと言って光の3原色に対してCMYKは色の表現領域が狭いので、これは濁っていてもしょうがない、ということになったら私はもうお手上げで家族が路頭に迷ってしまいます(笑)。
物理的には表せる演色領域は狭いんですが、どうやったら光の3原色より綺麗に見せられるか、ということを考えないといけない。そう、幸いなことに皆さんが自分の目で外の景色を見ると、山の風景であったり、一般的な都市や路地裏の景色だったとしてもハイビジョンや4Kのディスプレイに映るほどに綺麗には見えないですよね?
これは一般論ですが。例えば国立競技場のサッカーの試合とか、よく電気屋さんなんかで4Kテレビで放映されていますけど、あんなにグリーンの芝は人間の眼に綺麗に見えていないと思うんです。
A: よくデザイナーとして作家から受けるリクエストがあります。写真プリントやRGBのデータを持ってきて「同じ色調で印刷をお願いしたい」と。実際、データを入稿して印刷されたものになるとRGBからCMYKに翻訳(変換)する必要があります。そのままでは彩度が落ちてしまったり、階調がフラット(平坦)になってしまったりということがよくあります。そこには誤差が出る。どうして写真プリントと違うのか、といった問題が出てくる。さてプロヴォークでは、モノクロなのでダブルトーン印刷という手法で印刷されています。今回重要なテーマの一つになりますが、後ほど深く掘り下げて行きたいと思います。ここでは一旦、高柳さんがお仕事で毎日お使いになられているツールについてお聞きしたいです。
※プリンティングディレクター高柳の7つ道具
T: 50倍のルーペが2本、25倍が1点。10倍が1点、18倍が1点。
A:こちらはまず、何を見るためのツールなんですか?
T: 50倍の方は網点です。オフセット印刷は点の大小で色の濃淡を表していますから。こちら(10倍の方)は実際に原稿を観察するためのものです。細かいディティールがどの程度出ているのかどうかとかを観察します。
A:印刷線数までルーペで見てわかるんですか?
T:数えればわかります。50倍ルーペですと、視野に14本(ライン)網点の流れがあれば200線です。
A:一つお聞きします。線数が高いと、印刷でより細かい表現できるということにつなががるんですか?
T:元の解像度が変わらずに、便法上線数を細かくしているだけですから、線数が高い方が印刷表現として適している場合もあるでしょう。あるいは、元のベーシックな解像度・写真の情報量が変わらなければ、結果的に変わらないケース。両方ありますよね。この時代のPROVOKEの原本はそれこそ150線、133線のものまでだったかな。そのくらい粗い線数の印刷物ですよ。
A:オリジナル、原本の方ですね。
T:はい。オリジナルの方です。
A:すると時代が進むに連れて、線数もどんどん高くなってきているいうことですね。
T: そうですね、結果的にそれが良いか悪いかどうかは別の話ですが。細かい線数で印刷できる時代になってきていますよね。
A:それから、印刷原稿を皆で一緒に確認していく段階で、赤字を入れるというプロセスがありますね。こちらの見本には青字も入っていますが、この赤字と青字の違いをご説明いただけませんか?
T:赤字はどちらかというとデザイナーさんに入れて頂くもので、それに対して私の青字は版のどの部分を何パーセント足すとか引くとかを指示しています。
A:やはり、プリンティングディレクターの役割というのはクライアントの要望、例えばここを明るくして欲しいとか、ここのデティールを出したい、といった要望を印刷の用語に通訳するということですね。
T:そうです。数値化ですね。印刷物は網点が全くない0%から、完全な黒地の100%。そこから256階調で表現されています。その階調のある部分を読んで、例えばアマンダさんが「ここはもっとボリュームをつけて欲しい」と言ったとします。私はアマンダさんの頭の中、暗黙知を読むわけです。それならどこを何%あげてどこを何%下げましょうと、指定する。これが私の青字です。
A:クライアントとしては希望を伝える時に、例えば「コントラストを20%」という風に指定するよりも、抽象的な表現でも自分の望んでいる方向性を素直にお伝えしたほうがやりやすいんでしょうか。
T:そうですね。やりやすいかどうか、というよりも例えばアマンダさんが「20%上げてほしい」というのが絶対値なのか相対値なのか。相対値で40%の部分を20%上げてほしい、ということであればプラス8%あげて48%にすればいい。絶対値として20%あげるということであれば40%+20%ですから60%になる。ただ、そういうことではなくて、私はアマンダさんとは写真集の仕事をいくつもご一緒させて頂いておりますから、だいぶアマンダさんの頭の中が読めるようになってきたつもりでいます。頭の中の暗黙知という意味で。それと、必ずテスト刷りもさせて頂いておりますから。そういう意味では、絶対値なり相対値で20%足したときの色、仕上がりイメージがアマンダさんの頭の中で想像できて、ブレないのであればありでしょう。ただ、そこはやはり職種も違いますから難しいところだと思います。
A:やはりそこが重要で、印刷はまずコミュニケーションをよくとることがとても大事なプロセスだと思います。今回、プロヴォークの復刻の印刷を全て印書館さんにお願いしましたが、一番感心したことは例えば入稿会議をとってみても、我々のようにプロのデザイナーというわけでも、プロの出版社でもなく、でも良い印刷物を作りたいという熱がある。そこを上手く、我々の想いや希望を技術の言葉に翻訳して頂いてくれたことです。
こちらの壁面を紹介させて頂きますと、一番上の段にあるのが1回目のテスト校正、色校正になります。こちらは実際に印刷で使用する用紙を使っています。これを見て、二手舎が色調の希望を伝えます。次に、高柳さんが青字で、製版・印刷への指示を入れます。
T:そうですね、製版から印刷まで。
A:二回目の色校正はこちらにある少し赤みがかったインクジェットの校正刷りです。これが印刷直前までの色校正です。そして、真ん中に陳列しているのがオリジナルの原本です。オリジナルから1回目の校正、そこからどういった指示を入れることで2回目の校正が出力されるのか、この点は後ほど高柳さんから詳しくお話頂きたいと思います。
少しだけ印刷全般についてお聞きしたいと思います。例えば、印刷というとオンデマンドとかオフセットとかシルクスクリーンとか色々な方法がありますよね。今、60年代の写真集を見ると、すごく”濃い、強いな”と感じることがあります。それはグラビア印刷だからという話をよく聞きます。プロヴォークはオフセットですが。今回の展示の写真集にもグラビア印刷のものもあります。オフセットとグラビアの見分け方ってあるんですか。
T:まず、グラビアとオフセットはいわゆる大量印刷の中では二大印刷方法といえます。ただし、グラビアの方は色の濃淡をインキの体積比で表しているんです。5%でも100%も網点の面積は変わらない。版の深さで濃度が変わるんです、インキを体積比で表していますから。そういう意味では例えばモノクロ写真プリントも銀塩、銀粒子の体積比ですので、発色方法としてグラビアに近いです。ただし、50倍のルーペでみると網点がシャープに見える印刷物はオフセットです。
A:グラビアが写真印刷の主流だった時代もあったと思うんですが、なぜ今の時代はオフセットがどんどん主流になっていったんでしょうか。
T:簡単にいうと、版元さんがコストを負担しきれなくなったというのが大きいですね。大部数でなければコストに見合わない。先ほどのビデオでもPS版、アルミの板を機会に巻きつけるシーンが出てきましたが、原価でいうと一枚2500円くらいです。ところがグラビアのシリンダーというと、円筒形のシリンダーを銅メッキして、昔だったら腐食をして、穴がある版を作って、そこへクロームメッキをする必要があるので当然コストが高くなります。銅は柔らかいですから、傷つかないように硬いクロームでメッキをするわけです。
昔であれば、日本の週刊誌ですとか写真集とかがグラビア印刷でした。その名残で現在でもグラビアページと呼ばれています。(実際はオフセット)
A:今回の展示のために集めた、当時の60年代・70年代初期のカメラ雑誌もグラビア印刷のものが結構多いんです。やはり、部数が多かったからなのでしょうか。
T:そうですね、コストが回収できる。後は当時のオフセット印刷はグラビア印刷に比べてスミの濃度が足りないんです。だから、当時はグラビア印刷のスミの濃さが際立っていた。
A:みなさんも後で触ってみて頂ければと思いますが、手触りが違います。
T:なぜかと言えば、グラビアのインクというのは熱風乾燥させるんです。柔らかいインクに熱をかけて、溶剤部分、簡単にいうとシンナーを飛ばしてしまう。それに対して、枚葉オフセット印刷の場合は空気乾燥です。大気中の酸素とインクの油成分を酸化重合させるわけです。
また、オフセットインクは元々の顔料成分(色成分)が少ないんです。100ccの中で、色の素である顔料の割合は20cc〜25cc位、それに対してグラビアインキは50%-60%が顔料です。残りの75-85%位は油成分。だからどうしてもグラビア印刷に比べて濃度が足りない。なおかつ、大部数でコストが吸収できたからこそ、グラビアは主流になりえたんです。1,000部とか500部といった小部数でしたらPS版が主流です。
A:PS版というと青みがかったアルミの版ですよね。やはり環境への配慮という点でも、PS版のほうが環境には優しいんでしょうか?
T:そうですね。やはりグラビアというと昔は結構危険性の高い薬剤を使用したりしてましたから。時にアマンダさん、「重クロム酸カリ」ってご存知ですか?
A:..し、しらないです(笑)
T:グラビア印刷に必要なクロームメッキのために重クロム酸カリとか、人体に有害な薬剤が使用されていた時代もありました。また、シリンダーに銅メッキをするだけでかなりの電気を使用します。その上、さらにクロームメッキ。その意味でエネルギーの消費量も多いですね。
グラビアに対してオフセットの場合、一番のネックはスミ濃度がグラビアと比較して弱いこと。ただし、利点といえば、写真面がシャープであること。さらに電力はかかりますが、アルミ版は溶解させて何度もリサイクルできる。こちらのウィリアムクラインの「東京」はグラビアの墨一色なのに対してプロヴォーク初版はオフセットのスミ一色です。今回の復刻版ではその分ダブルトーンにしてグラビアに引けを取らない濃度感を出しています。
※手帳に入れて常に携帯しているグレーのサンプル帳
A:初版のプロヴォークは一色。今回の復刻に関してはダブルトーンですね。カラー印刷といえば、CMYKで4色の印刷になりますが、モノクロ写真集の制作となると、ダブルトーンで作りたいという要望が多いと思うんです。ただ、スミとグレーと言っても、実は種類があります。
T:たくさんありますね。
A:例えば、今回のプロヴォークでも複数の種類のグレーが使われています。
T:私の頭でシュミレーションが済んでいるグレーは、全部でこれだけあります。この中から、みなさんのご要望をお聞きして、適宜選ぶわけです。
A:例えば、同じグレーでもどういう種類があるんですか?
T:こちらはニュートラルグレイを使っています。クールグレイというのもあって、若干青っぽい。建築物の写真なんかによく使われます。こちらウォームグレイ。ポートレートなどによく使われますね。こちらの原本がスミ一色で、紙の焼けによって色味も出ています。グレーのインキの選択は、原本をどこまで復刻するのかという話にかかわってくるわけです。ウォーム感、場合によっては経年劣化まで印刷で再現する必要があるのかどうかとか。
A:その辺りも、高柳さんが原本を見て、ダブルトーンといってもどういう種類のグレイを使うか、どういうスミを使うべきかといったことを決めなければならない。…写真集の製作って、主観的にものを作っていくプロセスなんですよね。作家(写真家)がいて、こういう風に作品を再現してほしい、その基準というのが人それぞれで、デザイナーはこういう風に作りたい、けれどプリンティングデレィレクターはこういう方向にしたい、その基準を把握するのがなかなか難しくて、だからその時に色校正であったり原稿プリントであったり、コンセンサスを取るための見本が必ず必要になります。
プロヴォークの場合はこのオリジナルにできるだけ近づける方向で再現しよう、ということになりました。ただし問題もたくさんあって….例えばオリジナルのプロヴォーク、手に入るのはボロボロで黄色く変色していたり、文字が読めなかったり、状態が酷いものしかない。この原本を高柳さんが最初に手に取った時に、どういったタスクをこなしていかなければならないと思いましたか?
T: 私は仕事に対してストイックなので、恐れおののくことは何もなくて、例えば、細かなことでアマンダさんや東方さんがお気付きになれない点を私なりに考えて提示をしなければといけないという気持ちはありましたが、あの幻の写真誌を、いよいよ私が担当できるというワクワク感がほとんどでしたね。
A:最初の段階では、オリジナルをどこまで再現するのかという点をかなりディスカッションしましたね。
T:そうですね。例えば、50年経つとは背は傷んでいるし、白はあれだけ焼けて汚れているし、これをこのまま再現するとなると、これは複製です。もしくは、ある程度味わいは残すけれども、あとで着いた汚れや擦れ、色落ちなど、後の時代に経時的に人間が鑑賞時につけてしまったものは取りましょうということになりました。
A:すごくその話を色々しましたね。
T:すると、私の頭の中にどのくらいリニューアルするべきかというところがある程度浮かんでくるんです。それで、なおかつオリジナルの雰囲気を残さなければいけないといったことが色々出てくるわけです。
A:すごく大きな問題があって、まず、どこまで再現するべきなのか。もう一つは、私たちが今手にとっている本は実際断裁されていて、製本された本の形になっていますね。一回原稿にするために本を解体しますが、トンボをつける部分(ぬりたし)をどうするか。
T:はい、3方に3mm余分に製版寸法が足されていないといけません。折工程で山折、谷折りと折の誤差が出ます。そのため、3mmの余裕がないとストンと断裁された時にに白が出てしまうわけです。そうすると、申し訳ないけれども例えばこちらのシュタイデルさんによる復刻版は原本よりも判型が3mm小さくなってしまっているわけです。これは写真を初版より拡大して3mmの製版寸法を作ったためです。
A:こちらは、10年くらい前にドイツのシュタイデル社から出版された復刻版プロヴォークですね。
T:やはり、この当時の高梨先生はじめ、もちろん森山先生も68年の原本から感じられる写真の息吹、熱まで再現するにはできる限り写真は原本と全く同じ大きさにしたかった。では、東京印書館は製版寸法を作らなかったのか、といえばそんなことはありません。もしそんなことをしたら谷部分にくる折と山部分にくるところが折られて一気に断たれるわけですから、絶対に白部分が出てしまう。
A:ある日「原本をばらした時に、背の部分が白で何も印刷されていないことがわかった」印書館さんからこんな電話を頂きました。製本時の状態を想像しなければならない。「これは、どうしましょう」という話になりました。
こんな風に色々細かく打ち合わせなければならないことがたくさんあるからこそ、色校正をとるというステップが非常に大切になってきます。色校正にもいろいろな種類がありますが、よくあるのが本機校正、平台校正(校正機)、それからインクジェット..これはいわゆるDDCPに区分されるんですが…と同じ色校正でも色々な種類があります。それぞれ特徴がありますが、本機校正は一番安心できます。
T:本機校正は安心ですよね。ただ、コストがかかります。例えば全ページ本機校正を出すとなると、印刷費用が倍になってしまいますから。
A:なぜかといえば、紙も注文しなければならないし実際の本刷りの時の印刷機械を使いますから。例えば120ページの写真集を作るとして全ページ本機校正を出すとすると、写真集一冊の単価も恐らく2万円以上になってしまいます。
そこで、実際に印刷で使う紙で平台校正機を使って校正をとるという方法があるんですが、今回プロヴォークは平台校正(本紙校正)を使いました。1度目は平台で本紙校正。高柳さんにもご説明お願いしたいんですが、本紙校正を最初にとる時にやっておきたいこと、1回目の校正はお互いの認識を確認する非常に大事なステップだと思うんですが、プリンティングディレクターとしてはどういうやりとりをしておきたいですか?
T: 例えば、できあがった本の黒い部分の濃度です。これをどこまで(濃度を)強くするか、弱くするかで全体のイメージが決まってきます。オフセット印刷というのは、先ほど申し上げた通り網点の大小で色の濃淡を表現するわけですから、特徴としては同じ版でもインクの供給量の差、スミのインクをたくさん供給してあげれば濃くできるし、控えてあげればスミの刷りは薄くなります。その、暗部の濃度をどうするか、ということですね。申し訳ないですけれど、60年代の印刷ってまだまだ良くないところがたくさんあって。
A:なんというか、統一感がないというか。バラバラ。
T:あるページはスミがすごく濃く盛れている(印刷が濃い)、あるページは薄かったりと、バラバラなんです。今回、私の方は濃い方に統一して初校をお出ししています。
A:1回目の初校について、クライアント側も気をつけなければいけないところは、本機(実際の印刷機)で印刷したものと校正刷りでは同じ紙でも結果が変わります。どの程度変わってしまうものなのでしょうか?
T:例えば、スピードの差による印刷結果の違いというと、これは難しい。数学で話さなければいけないので、日本語で説明できるところをお話しします。これは、本機と校正機の差というのは印刷圧力なんです。
例えば、皆さんがご自分で捺印をするというときに、変な話、シャチハタでもぎゅーっと押したときと、軽くしたときとでは全然押され方が変わりますよね。あれと同じで、本番の印刷って2つの円筒形のシリンダーがあって、アルミのPS版を巻きつけたシリンダーと、紙を運ぶ圧胴というシリンダー、それが紙にインクを押し付けるブランケット胴というゴムを巻きつけたシリンダーに本当に強い圧力をかけています。ゴムローラーと金属ローラーが2mmとか3mm幅でかみ合っているんです。ゴムローラーにギュっとシリンダーが食い込んでいくものですから、ゴムローラー(ブランケット胴)に円筒形のシリンダーの跡がくっきり残る。そのぐらい、強い圧力を加えて印刷しているんです。
私が入社した当時、親指のない職人さん、片腕のない職人さんもいました。今みたいに安全装置もついてませんし、それで当時はみんな大酒飲みですから。二日酔いで会社きて機械に巻き込まれて腕なくなっちゃったり(笑)冗談です。私もちなみに指を13針縫ってます。当時の機長が悪かったんですけれどね。整形外科でちゃんと13針縫いました。
まあそのくらい、印刷圧力が試し刷りの校正機と本番の印刷機は違います。似て非なるものです。圧力がグッとかかるということはインクの量が少量にしておいてギュっと押し込められますから非常にシャープな印象に仕上がりやすいです。
スピードについていうと、スピードがゆっくりの方がインクがつきやすいです。ただし、どちらかというと印刷に及ぼす影響は圧力の方が強いです。
A:その辺りのお話を伺うと、やはりやりとり、コミュニケーションが非常に大切だと思います。本番の印刷(立ち合い)で調整してもらおうと思っても難しい場合があったり。本番印刷の前に、製版の段階で色々調整が必要なところがあって、例えばここのディティールはもっと出して欲しいとか、ここにコントラストをつけて欲しいとか、明暗部をどうするかとか…
新しい本を作るときにはRGBデータであったりとか写真プリントをスキャンしたものを原稿にするわけですが、今回はオリジナルの本をスキャニングしたものを原稿にしています。印刷物って網点でできていますよね。だから、網点をスキャンして、それを網点でまた再現するというプロセスになります。その辺は、今回すごく工夫して頂いた点だと思うのですが、どうして工夫しなければいけなかったのでしょうか。
T:はい、皆さん例えばテレビのニュースなんか見ていて、アナウンサーの方がストライプのシャツなんかを着ていると、なんだかチラチラするっていう、そんな経験ありませんか?あの現象をモアレというんですが、印刷物にもこの現象が起こります。あれは、一定方向の角度を持った調子に対して、一定方向の角度で網点をつけると発生するんです。網点には4つの角度があります。0度・15度・45度・75度、どれかの角度に網点が入っています。
原本はスミ一色、今回もモノクロとはいえ網点の方向がありますから、その方向性に対して、45度・15度ないしは75度の角度をつける。そのときに、高確率でモアレが起こります。先ほどお話した、アナウンサーのストライプのシャツがチラチラ見えるように。それを回避するためには、画像入力の際に、カメラでいうピントですよ。これを3段階かえてぼかしました。
スキャナーで3段階で画像を入力して、なおかつフォトショップでシャープネスを掛け直します。これも3段階。この中で一番良い組み合わせ私が工場の人間と一緒に決めてモアレを回避しています。ただし、例外的にモアレの出てしまう原稿もありましたから、それは私の方で再度直します。
A:それは初校で初めて見て気がついて、再校の際に再度確認しなければいけませんよね。
T:はい。再校のときに調整します。
A:初校でまずはインクと紙の相性であったり、細かいところをどこまで再現するのかについてお互いの認識を整理しなければばらない。まずは私たちがクライアントとして希望を伝えた上で、それを高柳さんが青字に翻訳してくださるわけですが、それをどう2回目の色校正に反映させたのか、例をあげていただけますか?
T:例えばこちらの写真を見ますと、中間域が原本と比べて重いんですよ。アマンダさんは”少し明るく”、と赤字で書いています。それに対して、私はミドルトーン、中間域を中心にブラックとグレーの網点を3%〜4%小さく、という指示を入れています。この3%〜4%というのは絶対値です。今持っている網点濃度が40だったらそれを37%から36%まで小さくしてくださいという指示になります。
A:その数字は何についての指示になりますか?
T:網点についての指示ですね。
A:製版上の設計の指示ということですね。
T:そうです。これをフォトショップで山口ディレクターが反映させるわけです。
A:カラーマネジメント担当の方ですね。
T:そうです。私の弟子です。
A:こちらの高梨さんの作品ですが、一番わかりやすいのが奥にある初校。スカート姿の女性の写真ですね。縁のところの暗部をもう少し締めて欲しい(濃くしてほしい)とか、服の柄にはもう少しコントラストをつけて欲しいとか、原本と比べると少し差があると思って、初校で希望を伝えました。それに対して高柳さんが青字を入れて、今度はインクジェットのプルーフでその修正が反映されているかどうか、認識をお互いに共有するわけです。ただ、気になるのはなぜインクジェットプルーフの場合は、実際に使う紙ではないし、なぜこのようにダークなピンク色なのかということです。
T:これは、グレーのインクがインクジェットプリンターにはないのでマゼンタで代用しているんです。
A:今回のようにケースバイケースで最後の校正が必ずしも本紙ではなくインクジェトになる場合もあります。ただ、この少しダークなピンクのインクジェットをどのように見るんですか?
T:そうですね、インクジェットの目的はまずはモアレですとか、地のザラつきだとか汚れ、あるいは画像のデティールが出てるかどうか、本をバラしたときに糊に取られて印刷面がはげている部分が無いかどうかとか、そういった点を確認して頂くのが主目的です。
A:2枚目の写真もわかりやすくて、初校のときには、真ん中の人物の目に小さな白い点が見えています。再校のときに、その白い点が消えているかどうかを確認したり、あとこれはモデルさんなんですけど、頭の部分がトンボの線を引いたら切れてしまうとか、あと2mm足りないので修正して欲しい。とか、そういった修正指示はインクジェットで確認できるというわけですね。
T:重要なのは、アマンダさん。ここですよ!(トンボの内側を指して)仕上がりトンボの内側までがプロヴォークの原本の実際の写真で、そこから先の断裁される部分の3mmは我々が想像して作っているんです。黒いベタ部分だとかは難しくないんですけど、例えば人間の顔が途中で切れていたりとか、そうなると、断裁された部分はどういう顔なんだろうと想像しながら作るわけなんですよ。
A:しかも、こう断裁された後にできるだけ原本に近づくように、二手舎の東方は毎日細かく線を引いて、ここが1mmずれているとか、文字が曲がっているとか、ドアが曲がっているとか…しつこく(笑)断裁されたらわからないようなところまで、忠実に復刻再現するために細かく指摘させて頂きました。
T:簡単に申し上げますと、足りない部分なんて全部、ミラー反転といって逆の方向に写真を返してしまえばいい。ただ、そうすると線対称になりますから斜め下で入った線がミラー反転してしまうと、出来上がった3mm分は上を向くわけです。それがずれたときに、少し出るわけです。だから、顔ですとか髪の毛とか、形が途中で切れているものはミラー反転は一切使わずに、不自然に見えないように塗り足し部分を創作しているわけです。そこは注意しました。
A:1、2、3号それぞれ紙も違うので、製版上も色々変えないといけないところも多かったりしますよね。
T:そうですね。紙によって墨インクの濃さは違って見えます。例えば濃い面のところに一点だけ薄い写真がある。一緒に印刷するわけですから濃い部分に薄い写真が引っ張られてしまうとまずいわけです。
A:製本される前、印刷された後というのは本の形で順番通りに並んでなくてバラバラなんです。例えば、上の写真が薄い、下は濃い、そんなときに製版の段階で工夫しなければならない点がたくさんあります。 そこで、本番の印刷立ち会いの時にどこまで調整できるかというと、「印刷立会いに行けば安心」とおっしゃる方もいるように思うんですが、でもそうではないですよね。
T:いつも申し上げているのが、印刷立ち会いの際にできることもありますということ。例えば全体にボリュームをつけるとか。ただ、それは最後の手段であって、前行程の製版で直すべきところは直しておかないといけないし。逆に製版で直したがために、印刷で悪い方向に転ぶ場合もある、ということなんです。
A:印刷立ち会いの時に「ここを少し軽めに刷ってもらって、そうしたら絵柄がはっきり出てくる」といった認識をお持ちの方もいらっしゃるんですが、そうではなくてある部分のデティールを出したいなら、あらかじめ初校・再校の段階でデータを直しておかなければならない。
T:インクを薄盛り・軽盛りにすれば暗部階調は出せますよ。ただし、先ほど申し上げた写真の息吹きのようなものは薄盛りではとても表現できませんよね。
A:基本的に、本番の印刷で一番コントロールしやすい部分。インクをどこまでのせるか…供給量ですね。そこの調整である程度、差はだせるんですね。
T:そうですね。ただ、今回は1巻なら1巻、2巻なら2巻で、全部一冊を通して同じ濃度で刷ってますからね。そういう版を作っておかないと、ばらつきが出てしまいます。1ページ目は濃いけど2ページ目が薄いとか。
A:例えばこの台(折り)だけは軽めに印刷するとか..でもそうすると先ほどの話にあった通り、対向ページが別の台で刷られた場合に左右の濃度感に大きな差が出てしまいますよね。そういうところが、プリンティングディレクターの非常に重要な役割だと思います。印刷だけではなく、製版段階から全台通して見て頂けるので。
T:そうですね。製版から印刷までは一気通貫で私が立ち会います。
A:今回のプロヴォークの印刷で、高柳さんにとって挑戦的だったタスクをあげるとするとなんでしょうか。
T:そうですね、やはり少なくとも全部の小口と天地部分を3mm伸ばしたこと。大変なのは構わないんですが、本になったときに違和感が出ないようにしなければいけないので、その点はかなり注意しました。あとは、こ例えばの1ページ目の高梨先生のお名前の豊という字が潰れてしまって見えないこと。ベタっといっちゃって。ところがこちらの、3ページ目の小さな明朝の印刷がカサカサなんですよ。1ぺージ目の豊という字をしっかり四角が出るように抜けをよくするように製版すると、こちらの小さな明朝体の方はさらにガサガサになって、非常に弱くなってしまう。
そこで、スレッシュホールド値(閾値)というのがありまして、あるスキャナー上の濃度のところからゼロにしてください、紙白まで飛ばして下さい。ある濃度からは100にして下さいという風に、二値データあるいは凸撮り(とつどり)というんですが、ゼロか100かのデータを作りときにこのスレッシュホールド値を決めるんです。それを全部変えているんです。「豊」という文字も含めて。全体が50%までがゼロで51%が100というスレッシュホールド値だとすると、豊という字の部分は70%までがゼロで71%以上が100という風に値を変えるわけです。小さい細かい文字を、文字だけはっきり見せようと思ったら、スレッシュホールド値を下げます。しかし、他の地汚れも出てしまう。だから、簡単にいうとそこが飛ぶようにスレッシュホールド値を高くすれば楽なんです。後処理も必要なくなる。
A:実は海外のお客様からも「今回のプロヴォーク、表紙のフォントに比べると中の文字ページがシャープに見えますが何か特別な調整をしましたか?」という質問を頂きました。気が付いた人もいたんです。実は、エッセイとか文章は結構たくさん入っているんですが、みなさんに読んで頂きやすくしてもらうために、高柳さんに工夫して頂きました。
T:だから簡単にいうと、この汚れが残っている状態のデータでギリギリこの小さい明朝文字が見えるわけですから、できる限り文字は細くならないように周りを全部消しゴムツールとかで消しているわけですよ。
A:ありがとうございます(笑)
T:このPROVOKEという表紙の文字、本来であればデータなり当時の写植なりが残っていればいいんですが、これも分解からやっていますから、文字が大きい方が直線とかが目立つんでしょうね。本になった時に、そんなにおかしくはないと思うんですが。
A:全然おかしくありません。68年当時の新品のPROVOKEみたいです。あとは”ドライダウン”の問題。紙によって差があると思いますが、発生しやすいケースもあったりそうでもなかったり。印刷におけるドライダウンの現象についてご説明お願いできますか?
T:みなさん、一番簡単な例ですが石屋さんが石を売るときは石に水かけるんですよ。
A:知りません(笑)
T:水をかける。例えばアスファルトとかもそうですけど、雨が降ると濃く見えません?すると雨上がりの石だとか、水かけた石は良く見えます「これいいわね!」なんて言われてお客さんに売りやすいんです。そうすると、アスファルト道路もそうですけれど、雨が降ると濃く見える、雨が上がるとまた白く見えるんです。印刷でも同じことが起きるわけです。インクを一生懸命盛る、盛るというのは紙に転移させる、つける、ということです。でもアマンダさん、転移したインクの中にどのくらい水が含まれていると思いますか?オフセット印刷は水と油の反発作用で刷りますから。基本、インクの中に水が乳化して小さな粒子になって混ざっています。これが、何パーセントぐらいだと思いますか?
A:20%位?
T:お、いいところですね。紙に転移したインクの25%から30%は水なんです。その水は時間とともに蒸発します。アスファルト道路や石屋さんの石が乾いてしまうように。
もう一点、水が蒸発した残りのインクは油成分と顔料です。この油が、紙の表面にある毛細管という無数の小さな穴を通って入っていきます。ちょっと数学的な言い方しますと、例えばコート紙の場合はこの毛細管が対数正規分布しています。穴の大きさ・分布がある程度揃っている。そういう紙の場合、油は紙の中に入っても顔料成分(色成分)は紙の上に残るわけです。ただ、ザラザラの紙だと穴が大きくてばらつきがあるから顔料まで紙の内部に入ってしまう。だからザラザラした紙の方がドライダウンは多い。これがもう一つのドライダウンです。
A :ありがとうございます。今回、東京印書館さんには現場の方も含めて本当に細かいリクエストや相談に対応して頂きました。今回この場にお越し頂いた方、この機会に高柳さんに何か聞いてみたいことがある方はいらっしゃいますか?
質問:プリンティングディレクターという言葉を聞くことになったのは、写真集を扱い始めてからなんですけど、その呼称というか職業自体はいつ頃から存在していたんでしょうか?
T:私が新入社員の頃から、同業大手ではそういう職種の方がいらっしゃいました。当社では私が一号です。プリンティングディレクターの役割って何かというと、アマンダさんがおっしゃって頂いたように、良いコミュニケーションをとりながら編集者、デザイナー、著者の希望をできる限り形にするというのが仕事です。
やはりですね、印刷会社ってそもそも受注産業なんですよ。基本、お客様から材料を提供していただいて、もちろん紙は我々で用意したり版元さんから支給して頂く場合もありますけれど、材料を提供して頂いて我々はそれを印刷してお納めすると。
言葉は悪いですけれど、言われたことさえやってれば成り立つ簡単な業界なんです。言われたことさえこなしていれば、本が売れようが売れまいが仕事になってしまうわけですから。
でも、それだと、東京印書館の立ち位置として、同業他社と比べて特徴のある印刷会社にはなれません。だから、品質面においては編集者やデザイナー、あるいは写真家とともに、どうやったら更に良いクオリティを達成できるかということを一生懸命私なりに考えてきたつもりです。
皆さん、寅さんの「男はつらいよ」っていう映画ありますよね。寅さんが「おいちゃん」って浅草の団子やさんのおじちゃんのところに行くと、そこに刈り上げ頭のタコ社長がいるわけですよ。その社長が印刷会社の社長なわけです。寅さんが、映画のワンシーンでその印刷会社に行く場面があるんですが、私が当時30歳ちょっと前の頃だったかな..寅さんが印刷会社の社員になんて声かけたと思います?
「よっ!低賃金労働者諸君、今日も元気で働いてるかな?」ってなことをいうわけですよ。寅さんが。
印刷業って結構、私なりに文化的な産業の一翼を担っているつもりでいたんですけど、今から30年前の話ですが世間の目はそうではなかった。そこを、なんとしてでもただの受注産業ではなく、少なくともこの仕事で我々飯を食わせて頂いているものですから、写真集作りの車の両輪でワンポイントでもツーポイントでも到達レベルをあげようと41年間、ずっとそればかり考え続けてきて、それでもまだ青い鳥が捕まらない。まだまだ発展途上です。
そういうつもりで仕事を続けさせて頂いておりますし、また、「ものを作る楽しさ」ということを考えますと、 編集者、デザイナー、写真家と、みんなで一緒にものを作る楽しみ。私の中ではその楽しさは、何者にも変えがたいんです。もうこれは、病気だと思うんですが、印刷病です。「高柳さん、趣味はなんですか?」と聞かれると「趣味は製版、得意なことは印刷立会い」と大体答えています(笑)。
A:高柳さんは本当に長い経験をお持ちの方で、今日ほ本当にせっかくの機会なので、何か聞きたいことがある方はぜひ後ほど質問してみてください。今回の展示”THE READING ROOM FOR PROVOKE”というコンセプトで二手舎がプロデュースしています。ここにある家具は国立にあるLet’em Inに家具を提供して頂いています。もちろん今日は、6-70年代の古い雑誌や写真集や資料も色々展示しています。ぜひ手にとって頂いて、今日はこちらでゆっくりNice Eveningを過ごして頂けたらと思います。ありがとうございました。