2019年12月7日、日本自然科学写真協会(SSP)40周年を記念して、写真家のGOTO AKIさん(写真集『terra』)と佐藤岳彦さん(写真集『密怪生命』)のトークショーが開催されました。

後半はお二人の写真集の製版・印刷を担当した東京印書館プリンティングディレクター高栁昇も参加。写真集制作にまつわる対談が行われました。当日の対談の内容を以下に書き起こしで掲載させて頂きます。

プリンティング・ディレクターという仕事について

高栁昇:みなさま改めまして、こんにちは。私、プリンティング・ディレクターという仕事をしているんですけれども、プリンティング・ディレクターってどういう仕事をしているのか、ある程度お分りになりますでしょうか。多分ご存知ない方、イメージしづらい方もいらっしゃるかと思います。自然科学写真協会の日比野さんからその辺りについても少し触れてもらいたいというお話を頂いたので、少しだけ私の仕事についてお話しさせて頂きます。

皆さん、GOTO AKIさん、佐藤岳彦さんのお話を聞いていかがでしたか?私も最初はいちオーディエンスとして「おおー面白い、すごいな!楽しそうだな」と思ってお話を聞いていたんですけれど、これをいざ写真集にすることを考えると、このこだわりをどう印刷物として表現するか、やはり大変に難しいなと考えてしまうわけです。

写真展ですと壁面に構成されていますから、鑑賞者の視点は展示空間の中で自在に移っていきますし、鑑賞者と作品の間の物理的な距離感も常に一定ではありません。

一方、写真集の場合は、視力にもよりますが30cm〜40cmぐらいの距離感で見る場合が多いですよね。それに、次から次にページがおくられてきます。ですから、まず一冊の本としていかに完結させるかを考えなければいけない。また、写真家のこだわりにどう応えるか、これは非常に難しい問題です。

GOTOさん、佐藤さん、おふたりがこれらの写真を撮影される期間がありますよね。その後、構成、編集やデザインといった工程を経て、ありとあらゆる「こだわり」が最後に我々印刷会社に託されるわけです。

恐らく、印刷会社に入ってからは大体2ヶ月間位で印刷物に仕上げなくてはいけません。その2ヶ月間というタイム感は、撮影期間を含めたその前の時間軸に比べて圧倒的に短いケースが殆どです。それでも我々は、場合によっては数年をかけて込められてきた「こだわり」を、2ヶ月間で形にしなければならない。時間軸がぐーっと凝縮されていますから、寝ても覚めても、風呂入っていようがなにしていようが、佐藤さんの写真集、GOTOさんの写真集をどうしようことばかり考えて、それでもまだまだ時間が足りません。

また、お二人は個人でお仕事されていますよね。それに対して我々は会社組織です。東京印書館という組織で受けて、これだけの想いやこだわりに応えられるのかどうかという問題が必ずついてまわります。ただ私の中では、一会社員、サラリーマンではありますが、なんでも効率優先ではなく、できる限り「手作り感」のようなものを大事に残していきたいという思いが強くあります。

また昨今、メーカーや機種の違いはあれ、デジタルカメラで写真を撮る方が多いと思うんです。そうすると、その画像というのは光の三原色で記録されているんですよね。ブルーバイオレット、レッド、グリーン(RGB)、光の三原色というのは合わせていくと透明になります。そのRGBという発色方式で撮影、記録されたものを、印刷会社はその補色関係にある色の三原色シアン、マゼンタ、イエローという3つのインクとスミ(黒)を使って印刷します。色度図、演色領域というんですけれども、要は色の地図ですね。この色度図の中で、CMYはRGBと比べて明らかに領域が狭いんです。

表現できる色の数が、光の3原色で記録されたものよりも少ないわけです。最初から表現上のギャップがある。その中で、このお二人のこだわりを印刷物で表さなければならない。

例えば「樹にも物語性を出したい」とか(笑)確かそうおっしゃっていましたよね?

表現領域が少ない中でのハンディキャップをまず克服して、お二人のこだわりにできる限り応える方法をいかに見出すか。そのためには、色の三原色(CMY)で表現できる領域の狭小性を感じさせないための「デフォルメ」が必要なんです。先ほど佐藤さんやGOTOさんがお話されていたこだわり。特にこだわって見せたかったポイントとか。そこだけは絶対に外さないような形で製版設計するというわけです。

要は、どこをどうデフォルメするかということを一生懸命考えるわけです。それからお二人のこだわりに対していかに我々が対峙するべきか、まず気持ちで決して負けないことが重要です。ある仕事が完結するまでは、オーバーな言い方ですけど1日24時間、その仕事について考えているような状況で自分を集中させます。

それでもって、今回は有難いことに佐藤さんの「密怪生命」もGOTOさんの「terra」も、仕上がりにご満足頂けました。

この辺りがプリンティング・ディレクターにとって一番大変なところでしょうかね。大変といっても、私にとってみると、この業界に42年おりまして、今64歳になりますから、ちょっとだけ生意気いわせてもらいます。私の印刷辞典の中には努力という言葉はないんです。大好きなことをやっているだけだというのがありまして、全然苦労ではないんですよ。それが楽しくてしょうがない。

もちろん結果がダメだったとなると、ガクッと落ち込みます。そうならないように、まず一つは気持ちで負けないこと、そして1日24時間その仕事について、どこをどうデフォルメするかを考え抜くわけです。そのためには、我々(印刷会社)も写真家やデザイナー、ないしは編集者の皆さんと同等レベルの熱量、テンションで「楽しく」挑むというのが一番のコツでしょうかね。

次に当社について紹介させてください。私、こう見えてもサラリーマンでして、東京印書館という組織に属しているんですが、組織の紹介をすっかり忘れていました(笑)。

普通、印刷会社の場合は◯◯印刷といった名称がつきます。当社はなぜ印書館なのか。創立は1938年、今から72、3年前になりますかね。創業者が新民印書館という会社を北京で設立しました。これは日中の合弁会社、要は国策会社です。現地日本法人の学校も含めて、現地の学校で使う教科書の印刷、それから満鉄関係の印刷物を受注するということで、中国の北支(現在の華北地域)ではトップクラスのシェアを持っていたときいています。

ただ、皆様もご存知の通り、1945年に終戦。敗戦といいますか。そこで日本は引き揚げなければいけない、ということになりました。

新民印書館は現地企業との合弁会社ということで、現地人の雇用も積極的に進めていましたが、撤退するにあたって社屋に一発の銃弾も撃ち込まれることもなかったし、またこの日本人達は悪い人間じゃないということで、全員がまったく無傷で帰れたという話をきいています。

その時の日本側の代表は弊社の兄弟会社でもある平凡社の創業者である下中弥三郎。身内に先生とつけるのは申し訳ないのですが、下中弥三郎先生の薫陶のようなものが、現地にも生きていたのではないかと、そんな風に考えております。

その新民印書館を源にして、昭和二十二年、二年後になりますね。平凡社の印刷全般、それから元新民印書館の社員全員の雇用を創出する目的で東京印書館の創業に至ります。創業73年、新民印書館時代を含めると82年位の社歴です。

今は会社として、写真集や美術書といったハイエンドで高品質な印刷物に特化しています。印刷物には情報を伝達するという役割がありますが、どちらかというとここにいらっしゃるGOTO AKI さん、佐藤岳彦さんのように、こだわりのある写真家さん、作家さんの表現を如何にして紙の上に具現化するかという方向に重きをおいています。

ここで、一旦私自身と東京印書館の紹介を終えさせて頂きます。なにかご質問がありましたらよろしくお願いします。

作り手の感覚を数値に翻訳する

GOTO AKIさん:寄り添うという言葉があります。僕は今回の写真集(terra)が3冊目になりますが、前の2冊は自分が教えを受けた鈴木清さんの影響もあって、自費出版です。プリンティング・ディレクターの方とのコミュニケーションのノウハウもない中、自分で印刷会社、横浜の印刷会社さんにお願いしました。できる限り言語で伝えるということをやっていましたが、やはり再現がすごく難しかったという記憶があります。

それで、今回はアートディレクターの三村漢さんが東京印書館さんとは長いお仕事の歴史があって、色々な写真集に関わっていらしたということ。あと編集で関わって頂いた池谷修一さんも、別の作家さんの写真集で印書館さんとはお仕事されていたということもあって、まず僕は高柳さんとの出会いの前にお二人がお仕事をして下さっていたことが大きなフックのひとつになりました。

先程2ヶ月でフィニッシュまで、というお話がありましたけど、僕の場合はほぼ1ヶ月だったんですよね。丁度去年の今頃、11月下旬に版元とか全ての体裁が整いまして、じゃあ12月に工場が空いているのはいつ頃になりますか?といった話をいきなり最初からさせて頂いた記憶があります。

1ヶ月でやっていくなかで、池谷さんと三村さんのそれまでの信頼関係もあったということで、私も乗らせて頂いたような形でした。

出して頂いた色校に対して僕が何を伝えるかというと、「この色をこうしてください」というよりも、これが被写体として、例えば「阿蘇の山でこういう時間を経てできた光景」といったように、印刷会社さんからすると難しいというか抽象的な伝え方になります。高柳さんはある意味、それを色に翻訳して「あ、これは後藤さんこういうことですか?」と。僕はその高柳さんの色に翻訳する能力にものすごく感動した記憶がありますね。

*写真集「terra」

高柳昇:GOTOさんや編集の池谷さん、デザイナーの三村漢さんのご意向を反映する赤字が(写真を指して)ここにあるY+(黄を足す)MY+(赤黄を足す)という指示になりますが、レベルは何もかいてありません。ただ、赤黄を足してほしいというだけなんですね。ただ足すだけなら簡単です。

ただ、例えば第三者から見たらほんのわずかな差異かもしれませんが、本当にファッションが好きな方ならズボンの裾の長さがが1cm長い短いをかなり気にされるとおもうんですよね。

ですから、赤黄を足すという方向性がわかったとして、それに対して最適値はいくつなのかということを掴むことが重要なんです。

どの程度赤を増やすのか、黄を増やすのかということについては、先ほど申し上げたように寝ても暮れてもお二人の写真のことを考えて、「おそらく、後藤さんや佐藤さんはこういうことをいいたいんじゃないかな、こうう表現したいんじゃないかな..」と自分の中で一点一点の写真に対峙した上で私なりに数値化します。

例えば明部側のシアン(藍)は濃度をキープして中間を何%上げなさいとか、黄色については、暗部→中間から明部まで10%あげなさいとか。網点は0%-100%ですからその絶対値を書いているんですが、10%というのは1割ですから相当思い切って上げることになります。これを写真全点に対してやるわけです。

なおかつ、今の時代はDTPになってからパソコンの存在が本当にありがたいですよね。結局今、印刷会社のパソコンってコート紙やダル紙程度までは、紙に印刷された時の色をディスプレイ上である程度は確認することができるんですよ。ギリギリでも、マット紙くらいまでは近似した再現をしてくれます。シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック(CMYK)という形で*プロファイルを取って色を合わせ込んでいるんですよ。

(注) モニターや印刷機など、画像を出力する装置がどのように色を扱うかを記録したデータ

ですから、モニター上で実際の色の変化量を確認して頂けるというわけです。「まだ足りない」とか「もうちょっとやってくれとか」一点一点、モニターを見ていただきながら打ち合わせができます。

GOTOさんの言葉を私が聞いて、まずは数値に翻訳します。実際にどの部分を何パーセント引くとか足すとかの入力作業は、値が決まってさえいれば誰がやってもその通りにできるわけですよね。

GOTO AKIさん: もうちょっとっていう、言葉を数値にするってすごく大変ですよね。作家の感覚って、今日は恐らくみなさん写真家の方が多いと思うんですけど「あとちょっと」っていうもどかしい最後の一歩を数値に翻訳してくださるというところに、僕はプリンティング・ディレクターの冥利というか、力を感じます。実際にお仕事している場でも、高栁さんがどこで色を見るかというと、僕の真横とか後ろからかぶさってくるんですね。同じ角度で。

高栁昇:見る位置によって色が変わってしまうので、デリケートなんです。

GOTO AKIさん: 寄り添うって、本当に寄り添うんです(笑)。岳彦さんの時もそんな感じ?

佐藤岳彦さん: 僕はすごく問題児だったので…非常に困らせてしまいまして。普通、みなさんある程度、色見本というか自分でなんらかの見本を持って行かれて、指示を出されると思います。

僕の場合、まともなプリンターもディスプレイも持っていなくて、フォトショップもエレメントしか使ったことがなかったので、やり方がよくわからなくて。オフィスに行った時に高柳さんにスマホの画面を見せたりして(笑)。

やっぱり、CMYKに変換することで色が全く変わってしまう。例えば、このアカネタテハのすごく深いブルーの蝶々。これを高柳さんにお見せした時、「この青はCMYKでは出ない可能性がある」といったようなことを言われました。

その後、モニターで一緒に画像を見ながらオペレーターの方に指示を出して下さって…本当にCMYKでやっているのかと思える位、結果がきちんと落とし込まれている。感覚が頭の中で数値に変換されていて、それがすごく的確なんです。

先程も「抽象的な伝え方」のお話がありましたけれど、僕なんか特にそうで、例えばコモドドラゴンを「もっと太古感をだしてほしい」とか。そんな指示ってあるのかという感じですけれど(笑)そんな指示でも数値に落とし込んでくれました。

高栁さんとお話をしていて驚くのは、自然のこともよく知っていらっしゃるということ。中村征夫さんの写真集とかも担当されてたり、非常にマニアックな生き物を含めて自然のものを沢山知っている。なので非常に意思疎通がすんなりいったという部分もあったと思います。

GOTO AKIさん: 何かお願いする時に少し無理難題かなと思っても、「わかりました、大丈夫です」。すごいなと、思いましたね。焦った様子を全く見せない(笑)こちらも「あ、いけるんですね?」みたいになって。

佐藤岳彦さん:  最初、あの深みのある青は出せないかもしれない、非常に難しいという話で始まったんですが、段々、画面上で的確にイメージに近づいてくるんです。僕の頭の中で感じている、写真で撮影したイメージがきちんと落とし込まれている、そう感じることが沢山ありました。

*写真集「密怪生命」

僕の場合は、全体的にダークな中に浮かび上がる写真や彩度の高い写真が多かったのですが、ダークと彩度のバランス調整が難しく、その辺りの指示に感動を覚えました…たぶん一度、一緒に仕事をしてみるとそういう感覚を覚えると思います。

逆にAKIさんの場合、彩度をわりと落としたいという方向だったんでしょうか。

GOTO AKIさん: 先程もお話したんですけど、今はどちらかというとなんでも派手にする傾向があって、格安オンデマンド印刷とかあるじゃないですか。だいたい、元のデータより派手にカリッとして出てくるというか、おそらくその方が好まれるという前提があるんですかね。

高栁昇:そうですね。ハイコントラストな方が、なんとなく気分としては良い印刷物に見えるんですよ。

GOTO AKIさん: 例えば曇りの天気の光線状態で撮影された写真をそのまま見せたいという時に、変にコントラストを高くされてしまうと、もう自分が知覚したものが崩れてしまいます。それは絶対に嫌だったんですよね。

だから最初の初校の時に、若干コントラストが強くなっていたのを、2回目の時に修正して頂いて、その2回目の修正がかなり的確な方向にいっていたので、すごくほっとしたというか、すごいなと思いましたね。強くするのはかんたんでも、眠くするとか柔らかくするってすごく難しいじゃないですか。

高栁昇:難しいですね。なぜかというと例えばですよ。ちょっとマニアックですけれど…みなさん、想像力を働かせて頭の中で私が説明したことを絵としてイメージしてほしいんですけれど、例えば新聞なんかでモノクロで顔写真が印刷されていますよね?

例えば白いワイシャツとか、明るいところほど点が小さくなりますが、髪の毛のような暗いところにいくと点が連なりますよね?

GOTOさんのおっしゃるように、あまり派手にしない、柔らかめにということになると、オフセット印刷では明部側の階調の貧困さが目立ってしまうんですね。

網点の濃い小さな点で淡い部分、明部から中間までの階調を出すというのはオフセット印刷で一番ネックになる部分なんですよ。そこを補うためには、ガリっと暗部を締めて(濃くして)そちらに目がいくように、ごまかそうとするわけです。本当の話ですよ。それを拒否されちゃったんで、さあどうしようと。

GOTO AKIさん: 記憶に残っています。

高栁昇:最初は変な話、三村漢さんとガリッと行こう、しっかり目に行こうという話でスタートしたものですから。でも結果その方向性ではない、ということだったので、すぐ訂正ですよ。

GOTO AKIさん: 今、終わったから言えるんですが、レジェンドに対して「違う」というのも結構勇気がいるんですよ。ただ、こちらが首を捻っていると察してくださるのでそこは本当に助かりましたね。

佐藤岳彦さん: 僕も高柳さんみたいなプリンティング・ディレクターの方とお話しながら写真集を出したことって、初めてだったんですよ。明治神宮の写真集の時も変形菌の時もそういう機会はありませんでした。初めてで加減もわからず、色々言い過ぎてしまったこともあって、帰り際に不安になったこともありました。三村漢さんに、あんなに言って大丈夫でしたか?って確認した位。

僕ももっとこうしたいとか、ここをもう少しCMYKでこういう風に、といった想いもあったので。それを土壇場まで、割と素直に出してしまったところもあったと思うんですけど、本当に最後の最後まで付き添って頂いて、色々、調整して頂きました。最後の粘りも、本当にびっくりする位。

最後に印刷機械の数値をボタンでピコピコ押して、最後の最後まで真ん中のところだけ調整して頂いたりとか。

最後の砦、印刷工場での追い込み

高栁昇:あれはインキの供給量を変えているんですよ。数値が大きくなればなるほど、その部分のインキの供給量が大きくなるわけです。

佐藤岳彦さん: あれだけオフィスの中で、モニターで何回もシミュレーションしてから色校を出して、さらに印刷所でも何度も試し刷りして、最後まで追い込んでいく。はじめての経験でした。

GOTO AKIさん: この場所(印刷工場)は、印書館さんとお仕事をした多くの写真家さんがフェイスブックにアップする場所なんですけど(笑)

デザイナーさんとか印刷会社さんに任せてここまで立ち会わない方もいらっしゃるんですが、ここがもう最後の砦なんですよね。ここで最後の追い込みを文字通り、寄り添ってやってくださる。

僕の場合も、やっぱり最後まで違和感があるものが何枚かあったので、ここで最後でグッと追い込んで頂けたことが、写真集の仕上がりにとても有効でした。プリンティング・ディレクターが大事だといわれますが、具体的にどういうところで、といえばこういう場面ですね。

高栁昇:さきほど、佐藤さんが仰ったこのブルーは、正直申し上げて色の3原色CMY+Kでは絶対に再現できません。でも、人間の目って相対なんですよ。これを佐藤さんのディスプレイで見た画像と比べたら絶対に彩度は落ちるんです。でも、周りを例えばアンダーにしたりとか、色々な工夫をして、相対色で見た場合には「出てるよね」といえるイメージを本当にギリギリのところで見つけるわけです。それが一番の重要なポイントじゃないですかね。

それともう一点、佐藤さんに「なんか、なんの話しても食いついてくるから知識がいっぱいあるんですね」と仰って頂きました。私、例えば先程の変形菌を見た時も、「変形菌美しいですよね..南方熊楠ですよね。」と出てくるわけですよ。

それからさっきの蛇。蛇だって、「ハブは危険を見て反応するんじゃなくて熱に反応するから、すごくあぶないですよね。」その先には「蛇には足が無いけど今でも痕跡のある蛇がいるんですよね。」云々。そういう話をすると、佐藤さんも結構「おっ」と乗ってくれるわけです。

私も歳をとりまして、すっかり人たらしになりましてね(笑)いろんな人の心をつかむのは比較的得意なんじゃないかなと思っています。

GOTO AKIさん: なんの話ですか(笑)

佐藤岳彦さん: 高柳さんとお昼一緒に行っちゃだめなんですよ。一緒にお昼食べているとそういう会話がどんどんでてきて、どんどん吸い込まれていっちゃう。だからもう安心してお任せしてしちゃうというか(笑)。印刷立会いの時とかに結構一緒に食事して、そこで色々生き物の話して、あ、結構知ってらっしゃるんだな..と本当に思いましたね。

高栁昇: 個人的には私、変形菌も好きですけど地衣類が好きなんですよ。

GOTO AKIさん: そうえいばいつも高柳さん、ビシッと決めていてファッショナブルなんですけど、印刷工場にいてもつなぎとか着ないですよね。

高栁昇: 一応、社員と同じ作業着も持っているんですが、あれはタケノコのシーズンにだけ着用します。弊社の竹林でタケノコを掘る時限定の作業着なんです。田舎ですから、タケノコ取りほうだい。秋には栗もいっぱいとれます。

GOTO AKIさん: もうひとつ、先ほどの「最後の追い込み」の話なんですが、事務所の中で色校を見ながら打ち合わせをして、こちらの指示を翻訳して頂いて、オペレーターさんへの指示を書き込んで頂きましたけど、最後の最後に印刷所でもうちょっとクッと、こういう感じにとか…僕がやっぱり抽象的なことをいいましたよね。これ、どう汲み取って頂いて、実際に何をされていたんですかね。全然わからずにいたんですけど。

高栁昇: 例えば、GOTOさんができる限り、あまり鮮やかにならないようにしてほしいということであれば、反対色を足します。例えばレッド系の色であれば反対色はシアン、あるいはスミです。

折で刷りますから、必ずその写真をいじればその手前の写真、後ろの写真をいじれば手前に影響しますから、ギリギリのところを狙ってシアン、あるいはスミのインキ量を調整するわけです。

例えば、ここに22という数字が出てますけど、この部分が明るいからもっとアンダーにしてほしい、とおっしゃったらこの数字をぐーっと上げていきます。その時に右隣が20で左隣が30という数字が出ています。

ただ、どうしてもインクの供給って、インキローラーがスイングしてますから両端にも影響がでます。その分、左隣の値を30から28に、右隣の値を20から18にするといった形で弱くして、「もうちょっとこうしたい」というイメージに近づけていくわけです。

*東京印書館玉川工場での印刷立会いの様子

GOTO AKIさん: 最近、写真家は印刷立会が当たり前なんですか?

高栁昇:私の場合、かえって要望を出します。自分の写真がここまで変えられるんだっていうのをしっかり記憶して頂きたい。半分冗談ですけど、印刷会社って受注産業ですから、「こんなのできません」っていうのが得意なんですよ。

でも私はそれを言いたくないので、皆様のご要望、あるいは私が咀嚼して理解したと思っている皆様のご要望、あるいは私が咀嚼して理解していると思っている一点一点の写真について、多分この方向だろうという想像のもとに最後の最後まで、調整するわけです。

印刷って簡単にいえば、我々が版を捺印するんですけれども、その捺印する際の朱肉を増やしたり減らしたり、要はインキの増減、あるいは押す強さというのは変えられます。最後の微調整とはいえ、人間の感覚って50点はだめでも51点はオーケーといった場合が往往にしてあります。物理的な変化量イコール感覚的な変化量ではありませんから。ほんの僅かな変化でも、「すごいね」と喜んでいただける場合もあります。その方向性をしっかり読んで、ああやって調整するわけですね。

佐藤岳彦さん: あれだけ(印刷前に)色々やって、最後の微調整でぐっと引き立つのにびっくりしました。特に白い変形菌が暗い背景の中に浮かんでいる写真、最後の微調整で真ん中の変形菌の部分だけ引き立つように調整して頂きました。あれは周りを減らしているんですか

高栁昇:周りを締めて、中央の白い変形菌の部分は比較的ピンがきているところだけはインキの供給量を減らして白い方向に持っていきます。変形菌全体のインキ量を減らしてしまうと変形菌そのもののメリハリ、階調がなくなってしまいますから、両端の変形菌はあえてそのまま残しておいて真ん中だけ抑えて明るく白くしてあげる、それで左右の背景はしっかり締める、そうすると余計そこに目がいくということはありますよね。印刷でいうと。

GOTO AKIさん: 今日は写真家の方がいっぱいお越しなので、質問させて下さい。何があると写真家とのコミュニケーションがしやすくなるでしょうか。プリンティングディレクターの立場から、どうでしょうか。

高栁昇:やはりみなさまにはご自分で気に入っている、インクジェットでもいいですしレーザープリントでもいいですから、どこのメーカーでもいいです。できればお持ち頂きたいですよね。GOTOさんの場合、それが無かったので、最初の打ち合わせ時に三村漢さんと私で、とにかくグッといきましょう、そういう写真集にしましょう!というのがスタートになりました。

もしターゲットプリントがなくても、お預かりしたRGBデータの発色を頭に入れて、グっと出すにはどうすればいいのかということを寝ても覚めても夢にまで見て考えます。それが好きでやっているので全然苦ではないんですが、曖昧模糊とした中で初校を出しますから、曖昧模糊を少なくとも曖昧ぐらいにするためには見本プリント、ターゲットプリントがあったほうがよろしいですね。

ただし、そんなに気にいったターゲットプリントが出せないということでしたら、不完全なものでもお持ち頂いて、この部分はこういう方向で修正してください!という話をお聞きするだけでも随分違います。

この間の台風で紙の供給に問題が出てきているところはありますが、それでもこの国はまだまだ紙の種類が豊富です。比較的手触りのいい、表面のザラザラした紙に印刷するのとツルツルで白い紙に印刷するのでは全く違う表現になります。ですから、我々はその実印刷用紙にお預かりしたターゲットプリントをどう表現するかを、紙の差まで加味してディレクションしています。ぜひ、ターゲットプリントはたとえ不完全でもお持ち頂けるとありがたいです。

GOTO AKIさん: ありがとうございます。今日写真家の方が多くいらっしゃるので、印刷に関することでもしご質問ありましたらいかがでしょうか。

高栁昇:二人と比べて思い入れが足りない質問かな、というのは全然気にしません(笑)

GOTO AKIさん: ではもう一ついいですか。僕らとお仕事されていて、「このお、困ったな」ということはありませんか?なんでも大丈夫といってくださって僕らは甘えてしまったんですが…まあ、もう時間がすぎましたので、今。

高栁昇:なんでもできます、というのは、その場しのぎや法螺で申し上げているわけではないんですよね。難しくても可能性が数パーセントでもあればワントライしようということなんですよ。過去、本当に私ごとで恐縮です。42年この仕事やってきて64歳ですから、ある程度は経験値のうちなんです。

皆様から頂くご要望というのは、もちろん程度の差はありますよ。写真家さんによっても。ただ、経験値としては全て経験済みなんです。

内部的な対応や指示の面で、自分の中で失敗したなというか、あそこ間違ったかな、もうあと2%プラスとか3%マイナスだったかなとか、そういうことはあります。

そういえば、最近色々物忘れするんですが、印刷と製版のことだけは忘れないですよね(笑)。ついこの間なんかお昼食べてから営業と二人で外出して、江戸川橋の駅降りて腹減ったなって、立ち食いそばたべたんですよ、二人で。そしたら「高柳さん、さっきお昼食べてましたよ」って「お前早く言えよ、食べてねえと思ってたよ」ってそのくらい物忘れするんですけど(笑)。

印刷は色を見るとその色は何パーセントで出ているか分かりますし、数値で記憶しています。おふたりの写真集の色も全部頭に入っています。

佐藤岳彦さん: 色々失礼なことをいっぱい申し上げたのを覚えてらっしゃるんじゃないかと思うと恐ろしくなってきた(笑)

高栁昇:設計が間違ったなとか指示を間違えたな、とか。そういうことは覚えていますよ。でもそれ以外は、基本印刷大好きなんで、はい。

GOTO AKIさん: 高柳さんがすごくお仕事が好きで、一緒にいても仕事感がないっていうのがすごくありがたかったですね。本当に楽しんでお仕事していただいて。

あと、僕は今回三村漢さんに頼みましたけれど、デザイナーさんの中には印刷立会いに行かない人も結構いらっしゃるそうなんですね。なので、本作りという意味ではコミュニケーションのところで、デザイナーさんまで巻き込んでやる時に、最後(印刷立会い)まで一緒に、ある意味戦ってくれる共犯の関係でいてくれるかどうかがすごく大事だと思っています。印書館さんの宣伝ではないんですが、そういう意味ではパーフェクトな対応をして頂きました。

高栁昇:ありがとうございます。

佐藤岳彦さん: 僕も三村漢さんと一緒にデザインをしていたんですけど、東京印書館でいこうと。漢さんの中では、高柳さんに対しての信頼があって、すでにその印刷イメージを考えながらそこに走っていた感がありました。実際に高柳さんとご一緒させて頂いて感じたのは、どんな難題にも寄り添っていただけるということです。大変心強かった。

こういう印刷をされたことのない方も沢山いらっしゃると思うんですけど、東京印書館さんで自分の思っていた想定以上のものが仕上がる可能性はすごくあると思います。高栁さん、CMYKデータを自身で作って持ち込む写真家さんもいらっしゃるんですか。

高栁昇:特に色の好きなデザイナーさんで、ご自身で調整されたCMYK実データを頂くこともあります。その時に2点、私の方が担当営業に確認することがあります。

そのままレイアウトだけして校正刷りを刷って出校させて頂く。その時に赤字が入ります。その赤字をご自分で直されるのでしたら当社としては画像修整代を頂くこともありませんし、問題ありません。

ただ、結局我々の統治能力がないところでCMYKに変換されたデータで刷った校正刷りに入った赤字を直してくれとなると、もちろんコストの問題もありますが、コストよりも第三者がRGBからCMYKに変換したデータって、当社とは変換テーブルが違うんですよ。その辺りのやりづらさというのがありますね。

そうすると何をするかというと、もう一回そのCMYKデータをRGBにかえすんですよ。RGBに戻して、もう一回、当社の変換テーブルを通してCMYKに変換して、そこから修整するケースがあります。

もちろん写真家さんもデザイナーさんも、今やツールとして非常にかんたんに色をハンドリングできるようになりましたから、やってみて慣れて、上達できたことについては非常に結構なんですけど、デリケートな部分がありますので、その辺りは相談させていきながら進めたいなというのはありますね。

人間が手作業で集版して一枚のフィルムを作るのではなく、パソコン上で作業が完結するDTPが当たり前になりはじめた当時、画像はCMYK実データで下さいという言い方をされる印刷会社の方がむしろ多かったという話はきいています。

当社はやっぱり、自分たちのテーブル。自分たちの統治能力の下で写真家さんのご要望の色を叶えたいということがあって、当時から画像はRGBでくださいとお願いしていました。要はEOSの200万画素のカメラが出たころですよ。あのカメラがでた当時から当社ではRGB入稿をお願いしています。

GOTO AKIさん:高栁さん、そろそろお時間ですので、なにか最後にございましたら一言おねがいします。この後懇親会もあるので、もし皆様個別にご質問があればそちらでお聞き下さい。

高栁昇:ぜひぜひご質問ください。こちらの「編集者・写真家・デザイナーのための写真印刷術」という冊子になりますが、以前私が一回3時間、3日間にかけて講義をした内容をご要望があってまとめたものです。紙の表裏差はどうしてできるのかとか、酸性紙の問題、紙、インクからはじまって、グラビアとオフセットの違い、モノクロ製版を含めた製版設計のことも詳しく書いてあります。ぜひご興味のある方はお手に取り下さい。

それから、お配りしているQRコード。私、最近YouTubeもはじめまして、皆様から頂くご質問に毎週お答えしております。印刷のことで何か疑問点や知りたいことがございましたら、どんな質問でも結構です。お気軽にホームページやフェイスブック、ツイッターでお寄せ下さい。質問は無料ですので、弁護士事務所と同じです(笑)。本日はどうもありがとうございました。