高円寺へ
著:後藤みな子
装丁:髙林昭太
発行:深夜叢書社
発行日:2021/10/22
判型:B6縦変型判(188×128mm)
頁数:272p
製版・印刷:スミ、特色2C(特グレー+スーパーブラック、ヴェールサファリ―+スパーブラック)+グロスニス、マットスミ、表紙はマットニス、
用紙:b7クリーム、ヴァンヌーボVG-FS スノーホワイト、b7ナチュラル
製本:あじろ綴じ上製本
今回は、後藤みな子氏著『高円寺へ』をご紹介いたします。
新聞記者の夫、隼との関係が破綻し、高円寺で一人暮らしを始めた朝子。足繫く通うようになった路地裏のバー「ボア」には、小さな店を切り盛りするゆきさんをはじめ、有名無名の作家たちが出入りしていた。朝子は次第に、彼らが語る〈文学〉に向き合う意志を固めるが、直面したのは封印していた母の記憶だった。長崎への原爆投下で息子を失い、精神を病んだ母。何が母を変えてしまったのか――。
―帯紹介文より
後藤みな子氏は1936(昭11)年10月28日、長崎生まれ。活水女子短大英文科卒。45年、父の出征中、母と福岡に疎開していましたが、母は原爆投下直後の長崎に勤労動員中の兄を捜しに行き、その死をみとり精神を病むことになります。 出版社勤務のかたわら同人誌「層」に参加、作品を発表しはじめます。
71年被爆体験から脱け出ることのできない人々の姿を描いた「刻を曳く」(第8回文藝賞受賞、第66回芥川賞候補作)で注目されます。30年を超える沈黙ののち、家族の戦後に向き合った『樹滴』を刊行、大きな反響を呼びました。
今作『高円寺へ』は、後藤氏が「文学に向かう私を振り返りながら書いた」と語られている通り、主人公朝子が〈文学〉と向き合おうとしていく道程で、封印していた精神を病んだ母の記憶を蘇らせていきます。
冒頭、夫の隼との疑似家族のような生活、それは朝子一人の食事風景や夫婦の会話で如実に描写されていますが、夫婦であるにもかかわらず互いに孤独を感じている寒々しさから、隼からの離別宣告は突然やってきます。しかし朝子は「……分かりました。」「お世話になりました。」とあっさりと承知してしまいます。
離婚届は出さないまま、隼と離れ高円寺のアパートで一人暮らしを始める朝子。かつての有名作家の妻ゆきさんが経営するバー「ボア」にで出会った人々から、「小説を書くのでしょう?」「小説を書くことになる」と繰り返し言われます。〈文学〉に向き合う決意を固めつつある朝子に、封印していた母の記憶が蘇ります。〈原爆〉で息子を失い、心を病んだ母の思い出は、知らず知らずのうちに朝子の人生の呪縛となっていました。
夫や母との関係を見つめなおす朝子に対し、同人誌の主宰者神元は次のように言います。「やはり小説を書くしかないな。小説を書いても救われるわけではないが、書くだけの意味はあると思う。文学は深いし、重い。だから、一度取りつかれたら逆に離れられないと覚悟した方がいい。」
〈文学〉と人々との出会いによって、〈原爆〉で壊れた家族と主人公朝子が再生されていくこの物語は、ラストシーンによって爽やかな読後感を得られます。ぜひご一読ください。