中西篤行 写真集「伊勢 一栄一落是春秋」
高濃度のスミとグレーのダブルトーン印刷面にわずかに色味を持たせたニス版を加え、モノクロ写真面に仄かな暖かみを持たせている。
製版設計:ダブルトーン+色ニス (特スミ+特グレー+色ニス)
用紙:ヴァンヌーボV (表紙)/b7トラネクスト
製本・加工:無線綴じPUR製本
Printing Diretor’s Note
一栄一落是春秋。平安後期の歴史書「大鏡」に採録された菅原道真の詩の一節とのこととか。なかなか、考えさせられるタイトルですね。
「一栄」を誇る伊勢神宮界隈とは異なる「一落」の部分を撮影されています。
この写真集を見ると、私たちが見たこともない、あるいは目を向けられていなかった「伊勢」という場所の現在の姿に、私の中では栄枯盛衰、無常観のようなものを強く感じます。
なんと言ったらよいのか、本当に上手く表現できませんが、例えばこちらの雑草が生い茂る廃寺の写真ひとつをとっても、どことなく悲しさもあり、あるいはこれからますます地方都市の少子高齢化が進んで日本中にこのような景色が拡がっていくのではないかと、そんなことも感じてしまいます。
今回、編集担当の金瀬胖さんからは、しっかりとしたモノクロ印刷でありながら「一落」をよりイメージするように、少しウォームな雰囲気を出したいので色ニスを使えないかという相談を受けました。色ニスを使うことで仄かに色味を帯びたようなモノクロ写真集に仕上げることができます。ただし写真を拝見した限り、陽の光が差し込んだ明部の面積が多い写真が多く、色ニスの色味や濃度には細心の注意が必要でした。色ニスが強すぎると、この日向感や光感が損なわれてしまう可能性があります。ですから、黄色とスミがわずかに入った色ニスで光感を損ねないような方向で製版しています。
光感を出すのであれば、本来は透明のニスを使用します。ただし、今回のようにウォームな雰囲気を出すという狙いで色ニスを使用しますと、やはり色被りします。そのため、スミとグレーのインキはしっかり盛り込んでコントラストをつけておく必要があります。そうすることで、写真の中の最も明るい部分、最明部に少し色ニスの色味がついたとしても、濃い部分との比較で光の当たる部分は相対的に明るく見えるというわけです。
今回、印刷的には色ニスを使うことによって、私の中ではある種しっかりとした「一栄一落」を表現できたのではないかと考えています。
モノクロ写真の魅力について
私の中で、やはりモノクロ写真の抗い難い魅力というのは、撮影された時間や場所の実際の色であるとか、匂いであるとか、音、あるいは空気の流れや季節感のようなものを「想像できる」ということです。
例えばこちらの生い茂る雑草の写真。随分、草むしたような、グリーンの匂いが立ち込めているんだろうなとか、五十鈴川の清流を目の前にして、すごく清々しい気持ちになれるんだろうなとか、本当にあらゆる色やにおい、その場所に自分がいたとしたら感じるであろう、あらゆる刺激や感情を想像できますよね。
モノクロになることによって、写真はある意味、ますます印象的な表現になり得ると思いますが、こちらの写真集もその極地といえるのではないでしょうか。
高栁 昇