下瀬信雄 写真集 つきをゆびさす

著者:下瀬信雄
文:玄侑宗久、松井久子
デザイン:伊野耕一
構成:下瀬信雄・上本ひとし
編集:池谷修一
プリンティングディレクション:髙栁昇

発行:東京印書館
発行日:2023/10/10

判型:B5横変型判(260×188mm)
頁数:208 p
製版・印刷:プロセス4C, UVオフセット
用紙:ユーライト(表紙), b7トラネクスト(本文), タントP-67

写真家はいつも被写体と向き合い絶えず変革を余儀なくされる。こんなはずだと思って撮っていてもその通りにはいかない。小さな子供もおばあちゃんも、一輪の花でさえ私の想像を超えて存在している。たまにフッと不思議な光景が浮かび上がり写真になる。二度と再現はできない。そして出来上がった写真はいつも私を超えて私の手を離れていく。願わくば写真が「依代」となって、今は存在しないあの時の神々が降臨してくれることを願っているのだ。

—あとがきより

山口県萩市在住の写真家、下瀬信雄氏(1944-)は東京綜合専門学校を卒業後、家業の写真館を経営しながら自身が暮らす萩の風土や文化を独自の視点で捉えた作品を発表し続けてきました。「つきをゆびさす」は土門拳賞を受賞したモノクロ作品集「結界」以降、約8年振りに刊行された写真集です。

「つきをゆびさす」とは「指月(しげつ・しがつ)という仏教用語に由来しています。仏の教えを指に、法を月にたとえており、指だけを見てしまうと指が指し示している月(真理)をも見失うという楞厳経(りょうごんきょう)の教えです。

下瀬氏はこの指と月の関係を「写真」と「真実」の関係性に置き換え、以下のように語ります。

写真はその場の現実しか写せない。事実である分リアリティーがあり、インパクトもあるかに見えるが指し示す「真実」とはほど遠い。

もっとも私に「指し示す真実が見えるか」と言うと、そんなことはなく、写す対象も小さな出来事だけだ。写真一枚一枚に思い入れがあり、物語があり、当て字のような仕掛けがあろうとも、真実の方向を向いているのかも疑わしい。

そもそも、その物語でさえごく個人的なことばかりだ。

それでも雑事の合間の人々との触れ合いも、光の中に浮かび上がる風景も、多分等価に真の何かを指し示しているように思うのだ。

—つきをゆびさす「指月の章」より

写真集は「天地(あめつち)」「産土(うぶすな)」「指月(しげつ」の3章で構成されています。「天地の章」では稲妻の写真に始まり、炎、雲、水、そして樹木や花々、小さな虫や動物達の営みが捉えられています。生命力に満ち、艶やかで静謐なイメージは、自然風景というよりも心象風景のスナップを見ているようでもあります。

続く「産土の章」では、下瀬氏が暮らす萩市の人々の日常が生き生きと活写されています。地元の祭りや神社での結婚式、運動会や成人式の様子。日本古来の伝統文化や精神が今なお息づく街で育ち、暮らす人々の躍動感あふれる営みに目を奪われ、力を与えられます。

最終章の「指月」では花火大会、そして厳かな神官たちの儀式の写真に続き、草むらに打ち捨てられた自転車や倒木、野晒しのシカの頭の骨など、どこか荒涼としたイメージの作品が続きます。

脈絡がないように見えて一つのもの、日常をあつめて浮かび上がるエッセイのようなもの。そして写真でしか表せない表現。それらを集めて一望してみようと思った。なによりそんな写真を作り上げる行為が、私を形作ってきてくれたし、考え方や生き方と無縁ではあり得ないように思うのだ。

—つきをゆびさす「指月の章」 より

写真集のページを捲っていると、はっきりとした意識で夢を行き来しているかのような不思議な感覚に誘われます。そして、穏やかな高揚感のようなものが沸々と漲ってくることに、ふと気付かされるのです。

(営業部 下中周介)

担当プリンティングディレクターより

下瀬 信雄写真集「「つきをゆびさす」の製版・印刷について

下瀬氏は「謝辞」の中で❝とりとめのない写真の数々云々❞と書いているが、果たしてそうでしょうか。確かに写真一点一点を見ればそうかもしれません。しかし、その写真を詳しく観察すれば、その写真には一分の隙も無い、下瀬流の写真世界(精神性)を強く感じます。写真はその場所に、その時間にいなければ撮ることが出来ない偶然の産物であります。しかしながら、下瀬氏は巻頭から巻末の写真に至るまでのすべて写真に連続性(必然性)を持たせてくれています。

では、写真集の印刷に連続性を持たせるためにはどの様な工夫が必要か。以下に説明します。

印刷会社は写真家との関係では黒子であり、真家の表現意図(暗黙知)を正確につかみ切るかが最も重要です。「つきをゆびさす」では著者とデリケートなコミュニケーションを重ね、下記のポイントに留意し。慎重に製版・印刷設計をいたしました。

【製版】

・写真の光感を正確につかみ、写真によっては光感を強調する。

・写真も再暗部(黒部)は強く締めるが階調はつぶさない。

・人物の肌部の色味は出来るだけ自然な色調にする。

【印刷】

・全ての写真の印刷濃度はそろえる。(印刷上のばらつきが出ないようにする)

・対向ページの写真の強さは出来るだけそろえる。

・暗部の階調(調子)がつぶれないよう注意する。

私などは自分の人生と照らし合わせて既視感すら覚えてしまうほどであり、誠に不思議な写真世界です。どうぞ皆様もお手に取って頂き、この写真集の摩訶不思議な世界を堪能し、お楽しみ頂ければ嬉しく思います。

東京印書館統括プリンティングディレクター
髙栁昇

 

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B5縦変型判(260×188mm)208ページ/ハードカバー: 6,600円(税込)

ニコンサロン 下瀬 信雄 写真展 | つきをゆびさすⅢ「産土の章」 | ニコンイメージング

2023年10月10日(火)~2023年10月23日(月)*日曜休館 10:30~18:30(最終日は15:00まで)