「長崎の痕」について〜プリンティングディレクター高柳昇が語る
「それでも、微笑みを堪えて生きる」
被爆者の方々は70年以上の長きに渡り、何人たりとも想像できない心の傷を抱いて生きてきた。写真家大石芳野先生の人柄と長きに渡る交流の信頼感からであろうか、それでも被爆者の方々は写真に収まる時に微笑んでいる。この方々の心はなんと強いのであろうか。
当初、大石芳野先生からは写真集全体の雰囲気を暗くはしたくないが、立体感を出して欲しいとの要望を受けた。そこで、できる限り中間濃度部分を豊富にして、全体的に明るい雰囲気を出している。
作品中の多くを占めるポートレート写真については人物の立体感と表情を豊かに出すことを重視した。また、ポートレ−ト以外の写真については、キャプションの内容がより分かりやすくなるよう、主題が自然に強調されるように製版をしている。
中間濃度を豊富にすることにより、写真としては明るい雰囲気になる。ただし、注意点としてはやり過ぎるとフラットな印象になりやすいことである。そこで、以下の点に留意する。
1、全体に中間濃度部分を豊富にした場合も、背景にはしっかりと濃い暗部を作る。すると背景がぐっと引き締まり、奥行き感が生まれる。
2、人物については、多少コントラストを強調して浮き立つような立体感を出す。
印刷時の注意点
中間濃度が豊富な版を印刷する場合、ダブルトーン印刷では特にグレイ版の印刷濃度が要になる。写真の中間濃度部分へのインキ供給量が豊富になり過ぎると、全体が暗い仕上がりになってしまう。かといって、インキを盛り込まないことにはリアリティーのある印刷表現は実現できない。したがって、製版時には印刷時にある程度インキを盛り込むことを想定し、仕上がりイメージを計算した設計をする必要がある。
今回の「長崎の痕」では、印刷時に、暗くなり過ぎる寸前のところまでスミ版、グレイ版のインキを盛り込んでいる。なおかつ、印刷直後の乾燥時における水分の蒸発、用紙内部へのインキ浸透によるドライダウンも考慮した緻密な濃度管理が必要になることは言うまでもない。
大石芳野先生の20年に渡る取材の集大成である写真集「長崎の痕」。ぜひ、多くの方に手にとって頂きたいと願って止まない。
高柳 昇