写真家、金子俊一朗氏写真集「浜通り」。東日本大震災から7年、原発事故による爪痕が今尚生々しい福島県浜通り常磐線の各駅を下車し、駅から海岸への道のりを毎日20キロ以上も歩きながら撮影された浜通りの風景とそこに生きる人々。全編モノクロの写真集には著者が旅の途中で出会った人々とのふとした会話も織り込まれており、今尚残る震災の爪痕の深さ、そして進行形で進む復興の”今”がリアルに目に焼き付きます。

当社で印刷を担当させて頂いたこちらの写真集、実はまだ”未完成”であり、時間をかけてゆっくりと味わいが増していく仕掛けが施されています。

ニスの短所を逆利用。時間の経過とともに深みを増す写真集

今回の印刷のポイントは、スミ(黒)一色とニスでいかに明部から中間調が豊かなモノクロ写真を表現するかという点に尽きます。本来であれば補色にグレー版を採用して明部〜中間の微妙な階調表現を補いたいところですが、今回はスミ一色とニスだけで深みのある印刷仕上がりを実現しなければいけないという制約がありました。

そこで、スミ版最明部(ハイライトポイント)の網点濃度を引き上げることで明部から中間をややアップし、スミ版だけでなだらかな階調を表現できるようなトーンカーブを採用しました。

ただし、明部〜中間の”暖かみ”を表現するにあたってはスミ一色では限界があります。

そこで今回はニスの性質を活用することにしました。今回使用した皮膜の薄いグロスOPニスは表面の擦れ防止や光沢感を出すことが本来の目的です。このOPニスの特徴として、時間が経つと黄色くなる(黄変する)というものがあります。

本来はマイナス面として捉えられることが多いOPニスの性質を今回は逆手にとっています。つまり、約半年間間かけてゆっくりとニスが黄変していくことで、写真は仄かに黄色味を帯びて行きます。この変化が写真に暖かみを与えることで、スミと補色のグレーを使ったダブルトーン印刷と同様に深みのある印刷物が完成します。

以上の理由で、この写真集は時間をおいて頂くことでさらに完成度が高まります。こちらは限定250部。ぜひお早めにお買い求め頂き、時間とともに味わいを増していく過程もじっくりとかみしめて頂きたいと思います。