1998年に刊行・写真家ハービー山口先生の代表作「代官山17番地」。デザイン・構成を大幅リニューアル、未発表作品も多数追加された決定版として復活。
1996年に再開発により解体された代官山同潤会アパートとそこに生きる様々な人々の姿を暖かい光で捉えた写真集。地域の人々、かつてそこにあった美容室や飲食店を営む人達、アパートで創作活動に勤しむアーティスト達の佇まい、ほのかに光が差し込むがらんとした室内。どこか懐かしく、長い間忘れていて思い出せなくなってしまった何かを掴めそうな、写真集を開くたびにそんな不思議な感覚に囚われます。
深みのある中間調が豊かなハービー山口先生の写真に印刷でさらに力を与えるべく、弊社ディレクター/オペレーター、進行管理チーム一同、総力をかけさせて頂きました。
ドットゲインとドライダウンを計算した製版
ハービー山口先生のモノクロプリントは、中間調子が非常に豊かで柔らかい仕上がりなのが特徴。最初のネックは、銀塩モノクロプリントにおける暗部濃度に対し、印刷におけるスミインキは濃度が足りないという点です。まず、製版段階では濃度の再現領域を圧縮してコントラストを強め、印刷時にインキを盛り込むことでプリントに負けない濃度感を出す必要があります。ただし、中間階調が豊かなハービー先生の作品はコントラストをつけることが極めて難しいというハードルがありました。
そこで、中間から暗部にかけての階調をモノクロプリントよりも明るくする方向で製版し、印刷時にはスミとグレーインキを盛り込むことで暗部濃度を強めに出しています。オフセット印刷では版の網点よりも実際の網点が太る”ドットゲイン”という現象が起こります。これは、版からインキが転写されたブランケットから紙へとインキが転写される際にかかる圧力とインキの供給量により、刷版の網点よりも印刷物の網点が太る現象です。
ドットゲインは、用紙の平滑度が(表面の滑らかさ)が低いほど大きくなる傾向があります。オフセット印刷においては避けられない現象であり、印刷の仕上がりを想定する上で必ず考慮する必要があります。今回は、質感・風合いを重視して平滑度が低い微塗工紙を使用しているため、ドットゲイン値も印刷の仕上がりを決める大きな変動要素です。
更に、印刷後にインキが乾燥する過程で必ず発生するドライダウンによる濃度低下も製版段階から想定しておかなければなりません。
画像データ上では予め中間〜暗部の濃度を明るくして階調を出しつつ、更に刷版出力時にも中間部の網点濃度を明るくてしておきます。そこに印刷時のドットゲインが発生することで、豊かな中間階調とプリントに負けない暗部の引き締まり感を両立させています。
◆裏付きのリスクと対策◆
平滑度が低い微塗工紙の場合、コート紙などに比べて濃度感を出すためにより多くのインキが必要になります。用紙表面の凹凸による濃度のムラを無くすため、インキをより多く盛リ込む必要があるためです。
総インキ量が増えることで、ウラ付き(乾いていない印刷面のインキが裏面に付着すること)のリスクが上がります。対策として、グレーインキのメジウム成分の調整、排紙部での裏付き防止パウダー散布、そして積み上がった紙の重みによる裏付き防止のため、500枚から1000枚ごとに板取りをしています(動画参照)。
◆ドライダウンについて◆
ドライダウンとは、インキ乾燥後の濃度低下やムラ、ガサつきなどが発生する現象です。用紙表面の塗工材層には毛細管と呼ばれる穴が無数に空いており、微塗工紙はコート紙に比べるとこの毛細管が大きくが均一ではないという特徴があります。このため、インキのベヒクル(油成分)だけではなく顔料(色成分)も毛細管を通り用紙内部に浸透しやすい傾向があります。従って、微塗工紙はコート紙よりもドライダウンのリスクが非常に大きいことを常に念頭に置く必要があります。
また、このインキの紙への浸透によるドライダウンとは別に、乳化したインキに含まれる水分の蒸発によるドライダウンも印刷仕上がりを左右します。
◆まとめ◆
以上のように、今回の印刷にあたってはお客様にご満足頂ける仕上がりを実現するため、製版から印刷まで、緻密な設計と様々なリスクを伴う難易度の高い工程を経ています。
今回の写真集の仕上がりにはハービー山口先生にも大変満足して頂きました。印刷に伴うあらゆるリスクに限界まで挑んだ結果、仕上がりにご満足頂き弊社としても大変嬉しい限りであります。